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退屈なチャンスを。

はてなスターに元気をもらって執筆中。Twitter:@927chan

一推しについて熱く語る~赤西仁 編~


#10ks_KATTUN

#KATTUN_10thAnniversary

#KATTUN祝10周年


KAT-TUN10周年おめでとううううううう!めでたすぎる。誠にめでたい。昨晩からKAT-TUN楽曲大賞の発表と共にドキドキが止まらなくて、少ない容積ながらもわたしの胸は破裂寸前でした。なんとか破裂せずに本日を迎えられて良かったです。

ベストアルバムをAmazon様で予約したため、まだ手元に来ていない私ですが、このたぎる気持ちを抑えきれずどこかに吐き出したかったので、昨年の冬コミで頒布したアイドル推し増し本にて掲載した「一推しについて熱く語る」企画を勝手にシリーズ化。第一回は香取慎吾さんについて書いたのですが、今回はもちろんKAT-TUNのメンバーである彼についてしたためたいと思います。

そう、彼とは赤西仁さんです。

前回「慎吾くんのことはもはや担当という概念では表せない、私にとって彼は教祖」ということを書いて多くの人をドン引きさせた私ですが、そんな香取慎吾さんを除くと、厳密に担当意識があるジャニタレは実は赤西仁さんだけかもしれません。そんな赤西くんの思い出を、デビュー10周年記念に少しだけ。

KAT-TUNは大好きだけど、赤西くんのことは苦手…そういう方もいらっしゃると思います。でも私は赤西くんあってのKAT-TUNだと思っておりますので、気にせず書きます。苦手な人はブラウザバック!

(なお、前提として私はジャニヲタでいうところの本気愛かつ同担拒否気味です。以下文体が多少気持ち悪い場合もあるかと思いますが苦手な方は読むのをご遠慮ください。すみません。)(また書く)

仁くんとの出会いは、高校二年生の冬。時は2005年1月…そう、もうピンと来た方も多いだろう。

完全なるごく出です(どやぁ

(ちなみにごく出って何?という方はこちらをどうぞ。ごく出【ごくで】 http://www30.atwiki.jp/yj_ame/pages/239.html

永遠の新規と呼ばれて久しいごく出にもれなく該当してしまった私。ただ当時は彼らが何者なのか、仁亀はどちらがどちらなのかも全くわからないような状態でした(だって似てたんだもん。双子シンメ最強)。でも、土曜9時に会える彼らがただただ美しくて、カッコ良くて。鋭いナイフのような切れ味を持ったビジュアルに、憂いを湛えた瞳。なんなん。カッコ良すぎか。カッコ良すぎだ。あんなんみんなごく出になるわ。

その頃、当時同じ部活だった友人から、彼らがKAT-TUNというグループのジャニーズJr.だということを知らされる。ちなみに彼女はずいぶん前から田口担で、口を開けば「田口かっこいい」と言っていたので田口淳之介くんの存在だけは当時から知っていた。そしてKAT-TUNと引き合わせてくれた。友人グッジョブすぎて今でも感謝が止まらない。10ks!

そして赤西くんか亀梨くんか、どっちを応援しようかな…と悩んでいたところに出会ってしまった曲が

「NEVER AGAIN」でした。

「Listen What's up girls」から始まるめっっっっちゃくちゃかっこいい曲!なんなの!この曲!ごくせんの明るいバカ加減とは全く違う鋭さと儚さ!そしてこの曲の落ちサビの「運命は? No fake」からの赤西くんの裏声フェイクに 落 ち た 。

その瞬間のことは今でも覚えています。なんかもう、全ての概念が音を立てて崩れ落ちた感じ。なんなのこの人。歌うますぎない!?本当にジャニーズなの!?しかもすっごい美しいし…ダンスもメチャクチャ上手いし…この人本当にあの全日本明るいバカ選手権に出たら間違いなく高校生ヤンキー部門で優勝しちゃう矢吹隼人(ごくせんの赤西仁の役名)と同じ人なの!????

そんな混乱の後、わたしの大好きな慎吾くんソロ「It Can't Be」を妖艶に歌う赤西仁くんを見て本格的に落ちてしまいました。恋ってやっぱり気付いたときには落ちちゃってるよね、そうだよね。(黙って

そこからは早かったー。気付けば赤西くんのことだけを追いかけて当時出来立てのYoutubeを漁る日々(すみません)そして野ブタ。の時には山下くん大好きだけど、なんで亀梨くんの隣には赤西くんじゃないんだ…!なんて悲しい思いをしたり、そんなこんなしているうちに受験勉強を終え、名古屋の女子高生だった私は晴れて東京の大学に通うことになりました。


受験勉強中私が少し離れていた間に、KAT-TUNはCDデビューが決まっていました。デビュー前にも関わらず東京ドームコンサートも。(DVD死ぬほど見た)そして私が大学進学のために上京する5日前、2006年3月21日、彼らはデビュー記念にタワーレコード渋谷店に訪れます。

そのときの渋谷の街はもうKAT-TUN一色で、センター街のありとあらゆる旗が全てKAT-TUNになってね…!(ぜひググってほしい)思い出しただけでも泣けてくるよ…!

そのニュースを名古屋のテレビで見て、私は決意しました。

「よし、渋谷のタワーレコードで働こう!」

そして上京して2日目には早くも面接を受けようとタワレコに突撃。この頃から私の行動力は変わっていないようです。初めて自分で自分を褒めたい。しかし当時タワーレコードは学生のアルバイトを募集していなかったため、渋谷の他のCDショップをいくつか周り、無事渋谷のCDショップ店員となりました。ちなみにここまで上京してから大学が始まる入学前までの出来事(およそ1週間)。スピード感がおかしい。


それからは、よく来店してくださっていたらしい田中聖さんの目撃情報に盛り上がったりしながら(私は直接お会いしたことはありません)楽しくKAT-TUNやジャニーズ、様々なジャンルのCDに囲まれて渋谷から音楽文化を発信していました。SMAPKAT-TUNのPOP書いてたりもしたんですよ。楽しかったなー。

ここまで書いたらメチャクチャ長くなっちゃったので、今日は出会いまでにしておこうかな。この後赤西くんがLAに行ったり、「LAに行った赤西くんへ」というフレーズがKAT-TUNメンバー内で流行ったり、相変わらずかっこいい曲作ったり、不滅魂で東京ドームに通ったり、思い返せばそこでキスマイに出会ってたり、突然赤西くんいなくなったり、絶望したり、5年の月日を経て最近やっとPHENIXして乗り越えたり、色んなことがあったんですけど、今振り返ってみるととにかく苦楽どちらも引っくるめてKAT-TUNは私の中でとてもとても大切なグループなんだな、と。SMAPが私の人生なら、KAT-TUNは私の青春。それはどんなに時が流れ、どんなに形を変えても変わることはありません。

だから、充電期間という選択肢を選んでKAT-TUNを残してくれた、その決断をしてくれたKAT-TUNメンバーには感謝しかありません。 10年間、KAT-TUNには本当に色んなことがあって、それとともに自分も同じ10年間を過ごしてきたな、と思い返すきっかけを作ってくれたKAT-TUN、本当にありがとう。

私の青春をまだ続けさせてくれてありがとう。思い出にするには、もったいなさすぎるもの。

10ks!