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退屈なチャンスを。

重岡大毅くんを応援しているblog。ジャニーズとAKB48をいったりきたり。毎年冬コミでジャニーズ・ハロプロ・48グループ中心のアイドル推し増し推進本を頒布してます。

SMAPは私にとって「人生」なんだよ

2016年8月15日。

今日は終戦記念日。戦争が終わってから今年で71年。でも若い私にはあんまり興味もないし、自分には関係ないことだと思っている。

だって過去のことだから。

歴史が終わるということは、そういうことなんだと年を重ねるうちに分かってきた。続くものはその歴史を更新し続けるから人々と共に生き続けるが、終わってしまうと人々の中からは消えてしまう。そしてそれは昔の人々の心の中にだけ存在する記憶になって、その後文献などの記録になっていく。終わった途端に、今まで生き生きとしていたものは突然「過去」になり、過去を知らない未来を生きる人々からは過去にすがりついていると笑われ、時代遅れだと言われる。

この感覚は私にもわかる。だって子供の頃はいつもそう思っていたから。父や母が熱心に応援していた山口百恵さんがテレビの「あの頃の昭和の歌」 みたいなのに出ていると、私の知らない人を応援してて変なの、と思ったものだ。歴史とはそういうものなのだ。

 

私はジャニヲタになってから、一度この経験をしている。それはKAT-TUNから赤西仁さんが脱退したときのこと。KAT-TUNがCDデビューしたのが2006年、赤西くんがKAT-TUNを脱退したのが2010年。今は2016年だから、もう赤西くんがいたKAT-TUNよりも赤西くんがいないKAT-TUNのほうが長くなってきている。人々の記憶から赤西くんの存在が消えていくのは、私にとってとても悲しいことだった。だって私は赤西くんのいる6人のKAT-TUNが最高で最強だと思っているから。でも今年10周年を祝うコンサートに行って、いやいや赤西くんが抜けた後のKAT-TUNも変わらず最高じゃんと思えたことで、心にひっかかっていたものがやっと浄化できてとても嬉しかった。(過去記事に詳しく書いてあります)でも、正直ここまで来るのに相当しんどかった。KAT-TUNから、赤西くんの存在が消えていくのが。そしてそれをファンも、世間も、どんどん忘れていくのが。なのに私はずっと赤西くんのことが好きで、なんだか自分だけ2010年に取り残されているような感覚に陥っていた。

それでも、「KAT-TUN」というグループを残すために充電期間を選んでくれた、赤西くんが、田口くんが、田中くんが存在していた証を残してくれた、亀梨くん、上田くん、中丸くんには本当に感謝してもしきれないくらい感謝していて。ああ、過去にすがりついて生きていてもいいんだ、ってやっと思えた。10代から20代にかけての青春時代をKAT-TUNと共に過ごした私の青春は、なくならないんだと思ったら本当に嬉しくて涙が出た。

 

もちろん今回だって、最悪でもそうなると思っていた。

思い起こせば、私の人生はSMAPと共にある。正直あまり仲が良くない木村担の母と香取担の私の関係を取り持ってくれている共通の話題はSMAPだし、中学生の頃香取慎吾ファンの方が集う交流掲示板でお姉様のファンの方々からSMAPのことだけでなく人として大切なこともたくさん教えていただいたし、友人の御母様が亡くなったとき、御母様が稲垣担だったと聞いて団扇を買ってお供えさせていただいたり、高校の時に出会った生涯の親友もSMAPがきっかけで仲良くなったし、日々SMAPが歴史を更新してくれることで、私の人生もその度に動いて、彩りを与えてくれている。

それを、本人達の意思ならともかく、本人達と関係ない個人の感情で、ある日突然奪われたら、こっちとしてはもう、たまったもんじゃない。

今年の1月から、ファンはファンとしてできることを精一杯やってきた。でもそれでも、現状を覆すことができなかった。しかもそれが恐らく本人達の意思ではないのに、それを飲み込むしかないのだ。 そんな今がとにかく悔しくて、情けなくて、でもなんにもできないファンとしての無力さにうちひしがれている。SMAPは解散したら、過去になる。それは事実だ。それがどうしても、納得できない。


1988年・SMAP結成年に生まれ、物心ついたときから今日までずっとSMAPのファンである私は、SMAPが存在しない世界を知らない。SMAPが存在しない世界を作ること、にどんな意味があるのか。SMAPを過去にすることは本当に最良の判断なのか。それをジャニーズ事務所の人にもう一度考えてもらえたら。それが私の切なる願いです。

SMAPは私にとって「人生」だと思ってるファンもたくさんいるんだよ。  

世界に一つだけの花

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